大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(う)324号 判決

被告人 江口正司

〔抄 録〕

原判決挙示の証拠によれば、被告人と年令二十五才位の氏名不詳の男との喧嘩は、巡査中村良隆がこれを現認してその現場に近付き、被告人に帰宅を促がしたにも拘らず、完全に終止する気配はなく、被告人は、帰宅の勧告を受けて一、二歩立ち去り掛けたが、また振り返つて「お巡りなど来たつて恐くない」旨言い放ち、同巡査の右勧告を無視して再び喧嘩を始めそうな気勢を示したこと、当時被告人は酒気を帯び、喧嘩の当初から攻撃的であつたこと、同巡査が被告人に帰宅を促がした時被告人と右氏名不詳の男とは同巡査を中にはさんで各二歩位の処に位置し、被告人は振り返つてまたその男に殴り掛り若しくは掴み掛るような強い勢を示し、そのまま放置すれば現実にその男に対し暴行沙汰に及ぶかも知れない気配があつたこと、を充分に認めることができ、当審証人中村良隆の供述によれば、その事実は一層明白である。

してみれば、当時少なくとも刑法の暴行罪に該当する犯罪行為がまさに被告人によつて行われようとする状況であつたことは疑を容れず、しかして、警察官は、かかる状況を認めたときはその予防のため関係者に必要な警告を発することができるのであるが(警察官職務執行法第五条前段)右「警告」は、まさに行われようとする犯罪行為を予防するため必要であると認められる場合においては、その事態に応じ合理的に判断して臨機適宜の方法によることを得べく、従つて、必ずしも文書若しくは口頭のみに限定される理由はなく、場合によつては行動によることも相当であると解せられるところ(昭和二十七年三月二十二日大阪高等裁判所判決、高等裁判所刑事判決特報二三号八六頁以下参照)、原判決挙示の証拠によれば、巡査中村良隆が被告人の前に立ちはだかり、手で被告人の肩を押えて早く帰らせようとしたのは、前記認定の如く、被告人が同巡査の帰宅の勧告を無視して再び喧嘩を始めそうな気勢を示したので、事態は、まさに被告人によつて右犯罪行為が行われようとする状況であると判断し、その犯罪行為を予防するためになしたものであると認められるのであつて、同巡査の右状況判断は前記認定の本件事実関係の下において相当であるばかりでなく、その判断の下に執つた右の措置もまた、原判決挙示の証拠によつて認められる如く、当時神宮外苑周辺の道路は神宮球場における野球試合の観戦を終つて出て来た多数の群集で著しく雑踏していたこと、被告人は酒気を帯び平静を欠いていたこと、そのまま手を拱いて放置すれば現実に相手方に対し暴行沙汰に及ぶかも知れない気配があつて一刻の猶予をも許さなかつたこと等当時の具体的事情に応じ、事態を収拾するため必要且つ相当な程度を超えない方法であつたと認められるのである。

然らば、巡査中村良隆の被告人に対する前叙行為は、少なくとも警察官職務執行法第五条前段に規定する、まさに行われようとする犯罪行為を予防するため必要とされる、関係者に対する警告の方法として、警察官の適法な職務の執行々為に該当することは明白であり、これに対し、被告人が同巡査の腕や制服の襟を掴んで押したりして同巡査と組打ちをなした被告人の原判示所為が公務執行妨害罪を構成することは多言を要せず、原判決がその認定した事実関係に基づき被告人を同罪に問擬したことは正当である。

(坂間 栗田 有路)

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